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橘玲さんの新刊、『80`sエイティーズ ある80年代の物語』(太田出版)が贈られてくる

1月23日(火)

 

朝、9時起床。 有機人参ジュースと青汁二袋。 澄み切った大空の青さに映える白い雪景色。 なかなかの風景。 しかし、バス停まで歩くのに難儀する雪道はいただけない。 

 

満員のバスに乗り、駅。 授業の開始時間が遅くなったのか、女子高生も多い。 区間急行で、いつもより十数分遅延して、11時に神保町。

 

昨日目を通せなかった、ツイッターやフェイスブックを見て、情報収集。 「わろてんか」、昼の部を見ながらさつま揚げ入り自家製野菜サラダ+おにぎり一個で、昼食。 

 

昨日の朝日新聞が、岩波書店の辞典編集部副部長の、平木靖成さんを登場させ、広辞苑の新版について紙面半分の割いて取り上げている。 文の最後に、「LGBT」の説明の誤りについて、「校閲体制の改善策も考えていきます」と、さらっと述べているが、校閲の問題ではなく、編集者の差別問題認識の弱さだろう、と突っ込みを入れたくなる。

 

太田出版からと、宛名が手書きの、多分著者からだと思うが、同じ本が二冊送られてきた。 著者は橘玲氏で、書名は『80`sエイティーズ ある80年代の物語』(太田出版)。

 

太田出版に知り合いはいないし、著者の名前は知っているが、知り合った覚えもなく、訝しく思う。 目次に目を通し、「『士農工商』はなぜ差別語になるのか」を見つけ、その項を読んでみて初めて本が贈られてきた理由を理解した。

 

1990年に発行された『別冊宝島84号』(JICC出版)、“楽屋裏のテレビジョン”記事中の「士農工商犬猫AD」という表現に対し、〈抗議と申し入れ〉を、部落解放同盟中央本部・上杉佐一郎委員長名で出し、それに対し送られてきた〈小誌編集部の見解〉をめぐるやり取りが、面白くかつ正確に描かれている。 

 

記憶が細部にわたって鮮明に蘇ってきたが、 この件は、ずっと記憶の底に残っていた。 それは、〈小誌編集部の見解〉が〈抗議文〉の5倍近い分量で、誠実かつ論理的な回答文だったからだ。 

 

しかも、「ソシュール以降の言語学が明らかにしてきたように、言葉〈単語〉はそれ自体で固有の意味を持つのではなく、特にそれが比喩的に用いられる場合は、文脈〈コンテキスト〉においてのみその意味されるものを特定し得るとするならば、言葉そのものに、文脈を無視して、一律かつ普遍的な意味作用を求めるということは、論理的に誤っていると考えざるを得ません」。とソシュール言語学を持ち出して「反論」してきたのには正直驚くとともに、初めての経験であり困惑した。 

 

覚えている限りでは、文章のやり取りではらちが明かないと思い、直接JICC出版に出向き、当時編集長だった石井慎二さんに直談判し、その場で石井さんが即断で、出庫停止処置を指示された、との記憶がある。 

 

この出来事のおかげで、丸山圭三郎の解説書に導かれて、ソシュールを読み始めた。 とにもかくにも、本当に懐かしい思い出であり、橘玲〈当時は本名〉さんに感謝したい。 

 

一つ気になっているのは、橘玲さんが、当時私が勤めていた解放出版社に来られ、その時頂いた名刺に書かれていた日付は、1995年1月10日で、当時の手帳にも、「P2時 宝島のU(橘玲)さん来社」と記されていること。 事の始まりは、1990年6月であるが、橘玲さんと会ったのは、1995年の年明けに間違いない。 

 

一体全体なぜ5年近くたってお会いしたのか、また悩みそう。 今日は一日、当時の資料を探し出して読み、名刺をひっくり返して記憶を呼び起こし、忙しくも有意義な時間を過ごした。 ヒットラーの、『我が闘争(下)』を読むのを一時中断して、頂いた本を読むことにする。

 

7時に事務所を退出。 直行電車で、駅。 フードマーケットで買い物をして、バスに乗り8時半に帰宅。 春菊と豚肉の炒め物に、昨日のうどんん鍋で、夕食。 アルコールなし、一日目。 

 

テレ東で、「開運!なんでも鑑定団」。 真贋見分け率80%でまずまずだったが、肝心の“招き猫”はゲットできず。

 

テレ朝、報道ステーション。 草津温泉に近い、白根山の噴火情報。 また沖縄で米軍のヘリが不時着したという。 2月4日投開票の、名護市長選で、辺野古基地移設反対の、稲嶺進市長の再選を祈念する。

 

TBS、NEWS23など民放各社のニュース&スポーツを見て、12時半に就寝。

author:小林 健治, category:人物, 09:33
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